駄人であるゆえに

物語調であらゆる人間を書くのが好きなのです。
あとは考え事が止まりません。

奇人(2)

駅のホームに降り立つと、人間が様々な方向へ散らばっていく。物体が秩序よく大抵が同じ速度で異方向へ移動している事実は、彼を随分面白がらせた。ホームの中心で立ち止まってみても、周りの物体は障害物を避けるかのように運動を続けていく。その様子を観察しながら、自身以外はやはり自動的に動いている創作物である可能性が拭い去れないという持論を振り返る。試しにひとつ蹴飛ばしてみようかとも考えたが、図書館に行くという目的が達成できなくなるかもしれないと思い、やめにした。


色々と試したいことがやめになる日だと不機嫌になってきた彼は、足早に改札を通り抜けた。図書館に向かって歩き始めると、段々と人間が少なくなってくる。それに伴って自身の認知する情報量の割合が、人間から自然へと比重が移ることを自覚した。自然への注意力が高まってくると、次第に外気温の高さが苦痛になってきた。家まで引き返そうかと煩悶している内に目的の図書館が見えてきた。目で捕捉した途端に先ほどまでの気持ちが全く嘘になるのだから不思議なものである。五感で捉える情報が自らの思考に与える影響の大きさに関心しながら歩みを進める。何の本を読もうかと考えているうちに図書館の入り口を通過した。


彼は、勤勉な読書家である。元来持った思索家という性質に加え、知識に貪欲である。中学生であった頃は、数々の奇行とは裏腹に、いくつかの試験の成績では他の者を圧倒して驚かせたものだ。彼の性癖にも現れているが、特に人体についての学習を好むようである。普段は自宅で母に買わせた本を熱心に読みこんでいるが、今日に限っては外で過ごす気分になったようだ。


興味のある本棚にたどり着くと、書籍の多さに心を浮つかせつつ、学習課題を検討した。
昼飯前に発見した鼻の軟骨については当然に調査が必要である。人体に無数はあるであろう軟骨は全て同じ硬度なのか、割いてみるとどんな色をしているのか、個体差はあるのか。今までもこうして人体についての知識を蓄えてきた。執拗なまでにこういった分野に興味を抱くのは、科学的に全てが解明されていない、未開拓な事実への著しい知識欲のためである。閑散とした図書館の席に座り、解剖学の書籍を見ながら唸り声をあげている。未だ知らない知識と出会った時に表出される極楽の表情は、周りをよくびくつかせる。そんな小さな事実には何の興味も抱かず、ただひたすらに書籍を貪り続ける。


ふと目をあげて日が暮れかけていることに気がつくと、急に腹が減り出した。またこの現象か、と思いつつ席を立ち、気に入った本を何冊か借りてみることにし、図書館をあとにした。





×

非ログインユーザーとして返信する